部下を持ったとき、初めて上司の感動ポイントがわかった
曽田正人(以下、曽田) お2人はこれまで、どんなゲームをつくってこられたんですか?
安藤武博(以下、安藤) 20代はドラゴンクエストシリーズ(ドラクエ)(http://www.dragonquest.jp/)やファイナルファンタジーシリーズ(FF)(http://www.finalfantasy.jp/)のような剣と魔法というテーマからあえて離れて、ちょっと変わったテーマでゲームをつくっていました。でも30歳くらいで、それはひとりよがりのこだわりだったと気づいたんですよね。そこから、ファンタジー系のゲームをつくるようになりました。※1 2003年に、ドラゴンクエストシリーズなどのゲームを制作していたエニックスと、ファイナルファンタジーシリーズなどをつくっていたスクウェアが合併し、株式会社スクウェア・エニックスが誕生した
曽田 ファンタジー系。ひとつあげるとしたら、どんなゲームですか?
安藤 たくさんのお客様に支持していただいたのは、2010年に出した「ケイオスリングス(http://www.chaosrings.com/)」というタイトルです。スマートフォン向けの配信ゲームとしては初めてのオリジナル本格ロールプレイングゲーム(RPG)で、旧約聖書の「創世記」に登場するアダムとイブやノアの方舟をモチーフにしました。最近は、「ミリオンアーサーシリーズ」(http://portal.million-arthurs.com/)というのを手がけています。アーサー王伝説に登場するエクスカリバーは、アーサーの血筋を持つものしか抜けない剣なんですけど、それが100万本あって、100万人が抜くことができたらどういう世界になっちゃうのか、という世界観でつくりました。
曽田 “ミリオン”アーサーってそういうことなんですね(笑)。では、渡部さんのこれまでのお仕事は?
渡部辰城(以下、渡部) 僕は安藤さんの1年あとにエニックスに入社しました。2年目の終わり頃に、「ドラゴンクエストⅧ 空と海と大地と呪われし姫君」(http://www.square-enix.co.jp/dragonquest/eight/)の開発に、いま「妖怪ウォッチシリーズ」(http://www.youkai-watch.jp/)などのヒットをとばしているゲーム開発会社・レベルファイブさんに関わってもらうきっかけをつくったんです。それからプレイステーションⅡで発売されたリメイク版の「ドラゴンクエストⅤ」や、子ども向けの「スライムもりもりドラゴンクエスト」などをつくっていました。その後は、マネージャーとしていろいろなゲームの責任者をやっていたのですが、その中でも安藤さんが手がけた「ケイオスリングス」がヒットした時は本当にうれしかったですね。
安藤 すごく喜んでくれたよね。
渡部 まわりから「絶対売れないよ」って言われてたから、その意見を覆せてすごくうれしかった。僕はいい商品だと信じてたからね。そのあと、スクエニを退社して、DeNA(http://dena.com/jp/)に入り、忍者をテーマにした海外向けゲーム「忍者ロワイヤル」や「Blood Brothers」、「ファイナルファンタジー レコードキーパー」などに携わってきました。
曽田 お二人は、もともとエニックスの同僚だったわけですね。
安藤 はい。合併前のエニックスには、入社すると曽田先生の『シャカリキ!』(※2)を必ず全巻読む、という隠れたしきたりがあったんですよ(笑)。
曽田 えー! そうだったんですか!(笑)
渡部 本当です。『シャカリキ!』を読んでいるかどうかが、お客さんの前に出る仕事を任せるかどうかの判断基準になるくらいで(笑)。
安藤 強面の上司が、テンションが下がった時に、いつも最終巻を読んでいたのを覚えています。監督が、普段そんなに感情を表に出さないのに、「よォォォしッ!!」「見たか!!!」って叫ぶところがあるじゃないですか。ツール・ド・おきなわで自分が育てた選手であるテルやユタが、優勝候補だと言われていた選手たちを追い抜いていくシーン。そこを読んで、上司は気持ちを上げてたんですよね。最初に読んだときは「へえ、上司はここが好きなんだ」くらいに思っていたのですが、僕も部下を持ったら、気持ちがよくわかるようになりました。
『シャカリキ!』第135話 STAGE133 「破壊と創造」を読む
曽田 わあ、うれしいなあ。そういえば、描いているとき、僕もそんな気持ちだったことを思い出しました。監督の気持ちになって、「テルとユタを見たか! すごいだろう!」って目の前の人に言うような気持ちで描いてたんです。
こんな天才を描ける、曽田先生自身が天才だと思った
安藤 あと、僕は『昴 ―スバル―』(※3)も大好きで。特にプリシラ・ロバーツ編(※4)がやばいです。
※4 ニューヨーク・シティ・バレエで15年にわたりプリンシパルを務める、バレエ界の女王が登場するシリーズ
渡部 プリシラ・ロバーツが「ボレロ」公演の途中で、オーケストラの演奏を止めさせるんですよね。それでも、彼女の踊りによって、観客は音楽が鳴ってるように聞こえるという。あの演出は、しびれましたね。
安藤 先生の作品って、どうあがいても凡人には敵いっこない天才を、残酷なまでに描かれるじゃないですか。そこがすごく好きなんです。でもあのシーンは、描いてる先生が一番天才なんじゃないだろうか、と思いました(笑)。 曽田 あはは、そんな(笑)。 安藤 ゲームは音が鳴るけれど、マンガは鳴らない。あのシーンは、マンガだからこそできる表現だと思ったんです。マンガの可能性をすごく押し広げたなと。 渡部 安藤さんは、『昴』が好きすぎて、自分でプロデュースした「ソングサマナー 歌われぬ戦士の旋律」(http://www.square-enix.co.jp/songsummoner/jp/)というiPod用のゲームに、宮本すばるをモチーフにしたキャラクターを出してるんですよ(笑)。
曽田 そうなんですか!(笑)
渡部 この「ソングサマナー」が、安藤さんと初めて一緒に組んでやった仕事ですね。iPodに入れてある音楽から、ミュージックファイターという戦士を生み出して戦わせる、RPGなんです。
曽田 へえ、おもしろそうですね。
安藤 説明しづらい、もっと変なゲームもつくってましたけどね(笑)。
曽田 やっぱりひと言で説明しやすいゲームのほうが、ヒットするんですか?
渡部 それはあると思います。あ、でもゲームの概要は説明しやすくても、それが「なぜおもしろいのか」は説明しにくい場合がありますね。
曽田 ドラクエくらいヒットしたゲームも、意外とそうかもしれませんね。 ドラクエのおもしろさを一言で言うと、◯◯◯
渡部 ドラクエのおもしろさって、よくシナリオやキャラクターの魅力から来ていると言われるんですが、じつは、「買い物」なんですよね。これは、ドラクエシリーズのゲームデザイナーである堀井雄二さん自身も言っています。
曽田 買い物、ですか!
渡部 買い物って楽しいじゃないですか。手に入れたお金で、何を買おうかなって考えるのは、ゲーム内で詳しく説明されなくても楽しめる娯楽なんです。ドラクエは、他のゲームと比べるとお金の入手量をかなり厳しく設計しています。だから、プレイヤーはどのタイミングで、何の武器と防具を買って戦いに行くのか、けっこう考えさせられるんですよ。ここは、プレイヤーによってぜんぜん違う選択をしますね。
曽田 うわあ、そうだったんですね。
渡部 実は、買い物を中心にゲームのプレイが進んでいくんです。買い物に紐付いて、ドラクエは「お下がり」の概念もあります。強い武器が手に入ったら、今まで勇者が使っていた武器は、別の仲間に渡すことができる。誰に何をあげようか考えるのも楽しいんですよね。あと、ひとつの町に武器屋が2つある、というのも現実の買い物を模しています。
曽田 ああ、そういうことありますよね。近くにあった店に入って買ったけど、もう少し行ったら違う店もあって、「そっちも見てから買えばよかった!」って(笑)。
渡部 そうです、そうです(笑)。
曽田 買い物がおもしろいと感じている、というのは、ユーザーにテストしてもらって検証するんですか?
渡部 開発段階でテストはします。ユーザーにアイカメラをつけてプレイしてもらうので、例えば「いま画面の右を見ているから左にあるヒントに気づかない」というところまでわかります。でも、ユーザーテストって、基本的にはサービスの悪いところの方が見つかりやすいんですが、どこに楽しさを見出しているか、というところまではわからないことがほとんどです。そこを意識してプレイできるユーザーは、プロになったほうがいいかもしれません(笑)。
曽田 あ、なるほど(笑)。
渡部 リサーチは、穴をふさぐのにすごく役立ちますが、良い所を伸ばす、発見するのには向いていないですね。結局、どこがいいかというのは、自分たちで信じてつくるしかないんですよね。
ゲームはテーマからつくる? システムからつくる?
曽田 マンガもそうかもしれないなあ。今回、初めて『テンプリズム』という作品で、ファンタジーもののマンガを描いているんです。今までの現実にあるテーマをもとに描いていくのとは、また違った世界があると感じています。お2人は、ファンタジーのゲームをつくるときに、どういうところから考え始めるんですか?
安藤 「プロデューサーはテーマから入るべき」……これはもともと渡部さんの言葉なんですけど(笑)、僕はいつもテーマから考えます。先ほどお話した「ミリオンアーサーシリーズ」だったら、アーサー王伝説を取り上げると決めて、それをどうアレンジするか切り口を考えます。だから、ダンテの「神曲」はどうか、などテーマ探しはいつもしていますね。ちなみに、僕の中で今一番熱いテーマは宝塚歌劇です!(笑)宝塚歌劇は、女性が男性を演じてる時点で、すでにファンタジーだと思うんですよね。
渡部 テーマから考えるのは、マンガでしたら当たり前かもしれません。でも、ゲームはシステムからもつくれるんですよね。例えば「粘土をこねる触感の気持ちよさを再現する」ということを元にゲームをつくることができるんです。そうなると、世界観やキャラクターは何をのっけてもよくなる。でも、本当に良い作品というのは、世界観・テーマとシステムの間に必然性が感じられるものだと思います。だから僕は、テーマからつくりたいんです。 安藤 ちなみに、任天堂さんはシステムからつくられる事が多いです。「スーパーマリオ」のゲームは、主人公がイタリア人の土管工じゃなくても成り立ちますよね。
曽田 たしかに。
渡部 どちらがいい、という正解があるわけではないんですよね。ただ、世界観・テーマからつくると、テーマに興味を持ったり、キャラクターが好きになったりして、ゲームに引き込まれやすいのかなと思っています。例えば、中間管理職の悲哀をゲームで表現できないかなと考えたとする。そうしたら、「あのキャラクターってちょっと俺っぽいな」と思う人がいるかもしれない。そういう共感も、ゲームに興味がわく入口になりますよね。
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プロフィール
曽田正人(そだ・まさひと)
漫画家
1968年、東京都生まれ。『ドカベン』『サーキットの狼』に影響をうけて、小学校2年からマンガを描き始める。日本大学藝術学部デザイン学科リビングスペースデザインコースを中退後、アシスタントを経て、1990年に『マガジンSPECIAL』に掲載の『GET ROCK!』でデビュー。著作に『シャカリキ!』(後に映画化)『め組の大吾』『昴 ―スバル―』(後に映画化)『capeta カペタ』など。『め組の大吾』で第42回小学館漫画賞少年部門と第2回文化庁メディア芸術祭コミック部門、『capeta カペタ』で第29回講談社漫画賞少年部門を受賞。
安藤武博(あんどう・たけひろ)
株式会社スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部)ディビジョン・エグゼクティブ / プロデューサー
1975年生まれ。1998年に株式会社エニックスに入社。「鈴木爆発」「疾走、ヤンキー魂。」「ヘビーメタルサンダー」などの変わり種路線のゲームを多く手がけた後、2008年、iPod用ゲーム「ソングサマナー 歌われぬ戦士の旋律」がヒット。その後はスマートフォン向けゲームのプロデュースを多く担当し、「ケイオスリングスシリーズ」「ミリオンアーサーシリーズ」などのヒットを生み出している。
渡部辰城(わたべ・よしき)
株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員 Japanリージョンゲーム事業本部 エグゼクティブプロデューサー
1976年生まれ。1999年に株式会社エニックスに入社。主に、ドラゴンクエストシリーズやスマートフォン向けゲームの開発に携わる。2011年にDeNAに転職し「忍者ロワイヤル」「Blood Brothers」などを担当、最近では「ファイナルファンタジー レコードキーパー」の開発に携わってきた。