ファンタジー作品をつくってきたからこそわかる、『テンプリズム』の可能性
自分の天邪鬼な性格を自分で利用した!?
安藤武博(以下、安藤) 『テンプリズム』(※1)はだんだん、最終戦争後の世界が描かれているんだとわかってきますよね。前の文明がすごいテクノロジーを持っていて、その一部を違うかたちで再興していくという設定は、昔からあるじゃないですか。『未来少年コナン』もそうですし。
※1 現在連載中の曽田正人の新作。創世記以来の歴史を誇るも、骨(グウ)の国の侵略を受けて滅亡したカラン王国。その再興の願いを託された王子ツナシの冒険を描く
曽田正人(以下、曽田) 『風の谷のナウシカ』もそうですね。
安藤 これって、テーマとしてすごく色気があるんですよね。ロールプレイングゲーム(RPG)をつくるときも、最終戦争後の世界を設定することはあります。なぜ色気があるのかなと考えたのですが、たぶん、テクノロジーの良さと、テクノロジーが出てくる前の人間の良さを、ミックスできるからなのかなと。
曽田 なるほど。
安藤 現代はもう、テクノロジーが進みすぎているんじゃないかな、と思います。僕は、部下が凡ミスをやらかしたり、精神的にまいってそうだったりするときに、3つのことを言うんです。1日の中で必ず静かな時間を持ちなさい、暇にしなさい、薄味のものを食べなさい。これ、中国の古典の『菜根譚』に載ってる話なんですよね(笑)。
曽田 ゲームプロデューサーが『菜根譚』の話をするとは思いませんでした(笑)。
安藤 この3つは人が豊かな心で生きる上ですごく大事なことなのに、それらを邪魔するようにテクノロジーが発達してる。だから、テクノロジーが発展しすぎて失われた人間のいいところを取り入れるために、最終戦争で一度みんななくなってしまったことにする。その設定は有効なんですよね。
曽田 僕はファンタジー作品に取り組む上で、完全にゼロから世界観をつくるのは難しいだろうなと思ったんです。でも今回は、これまでにみたいにバレエやモータースポーツなど、既存の世界のお世話になるのはやめようと思っていた。そこで人類の歴史をお手本にして、それをアレンジしてみようと思いました。そうすれば今のテクノロジーをモデルにしながら、現代とは微妙に違う幻想的な世界観をつくれるかなと。それで、一度すべて壊れたけれど、それをもう一度掘り起こして再現しようとする国を描くことにしたんです。
渡部辰城(以下、渡部) それが骨(グウ)の国なんですね。
曽田 そしてバトルの物語。バトルが描ければ時代がテクノロジーの前でもあとでも設定は何でもよかったというのが本音です。闘いは双方、生き方のエッセンスがより色濃く抽出できるから生命のやり取りの話にしようと。これは『め組の大吾』の経験からです。『め組』と違うのは闘う相手も人間だということ。どっちの側に立っても「それは闘わざるを得ないな」と自分で思える物語にしたかった。ツナシたちの弁護士もやって、骨の国の顧問もして、目線さえ切り替えれば即、どっちも支持できるようになろうと。自分としては実は骨の国への理解の方が早かったのです。そして今、骨の国を描いている。すると今度は骨の国に抵抗している側を猛烈に応援したくなる。自分の天邪鬼な性格を自分で利用したとも言える創り方です(笑)。これがこの作品を描いていて楽しいところです。
安藤 骨の国の外に出た人達に対する、言い分を考えようと。
曽田 だけど、僕自身がまだ骨の国の住人っぽい考え方をしているので、うまく弁護しきれない(笑)。だから一度がっつり骨の国にフォーカスして描いてみて、良さも悪さもわかった上で、外にいる人の言い分を考えたいと思っています。
「彼女にしたい女の子」はファンタジーの必須キャラ
曽田 あと、テーマとしては恋愛を取り入れたいなと思っていて。文明がどうなるのかという固い話も、恋愛という切り口をもってくると、また新しい展開が考えられるんですよね。
渡部 女性キャラのニキ・メノンってめちゃくちゃかわいいですよね。僕すごくニキが好きで。
曽田 ありがとうございます(笑)。そう、『昴―スバル―』(※2)のときは、自分でもすばるが大好きだったんですけど、それは娘に対する気持ちだったんですよね。だから、恋愛を描くのがつらかった(笑)。でも、ニキは彼女にしたい子、というイメージで描いてるので、むしろ恋するところを描きたいです。
安藤 いいですねえ。彼女にしたい女の子がいる、というのはファンタジーの文法としてとてもいいと思います。僕は初めてテーブルトークRPGにふれたとき中学生だったんですけど、エルフっていう種族にめちゃくちゃ心奪われましたもん。いったい、どんだけ美人なんだろうって(笑)。
渡部 しかもさ、エルフってずっと若いんだよね(笑)。
安藤 そうそう。そのうちエルフと人間のハーフとかも出てきて、「えっ、エルフと結婚して子どもつくれるんだ!」みたいな。童貞の妄想が捗りました(笑)。そういうキャラクターがいると、ぐっと作品に引き込まれますよね。ニキはすごく、「この子と付き合ったらどうなるんだろう」って想像しやすいキャラクターです。
渡部 敵につかまったはずなのに、手錠がいつのまにかなくなっていて、「なんか外れてました(てへぺろ)」みたいなシーンあったじゃないですか。もうね、「この小悪魔め! かわいい! でも付き合うと大変そう!」って思いましたよ(笑)。
曽田 僕もあのあたりから、ニキに恋心が芽生えました(笑)。そう思ってもらえて良かったです。たしかに付き合ったら猛烈に面倒くさそうですが!
渡部 ツナシってすでにめちゃくちゃ強いじゃないですか。それが、これからどうなるのか興味がある部分なんです。基本的にファンタジーRPGって、修行をしたり経験を積んで力を身につけていくものなんですよ。
安藤 そう、ファンタジーは基本的に、不幸な人物が特殊な力を得て活躍するというストーリーなんですよね。だから現実で虐げられている子どもは、ファンタジーを読んだり、RPGを遊んで「自分もこの力があればなあ」と夢想する。そして主人公と世界が救われると同時に、本人も救われるという効果があるんです。僕自身、好きなファンタジー作品に救われた経験があるので、このゲームをやることでプレイヤーが救われるかというのは、よく考えます。それにはやっぱり、成長して強くなるという、カタルシスが必要なんですよね。
渡部 あとゲームは、システムとして成長を体感できるようになっているんです。ゲームをプレイし始めた当初は倒せなかった敵を、何時間か後には倒せるようになっている。こうして、カタルシスを物語じゃなくてシステムで得ることができる。これは、他のエンターテイメントとゲームの違いかなと。でも、ツナシは最初から強いので、このファンタジーのカタルシスを典型的なかたちでは得られないですよね。
曽田 なるほど。たしかに成長物語ってカタルシスありますよね。
渡部 しかも、曽田先生の今までのマンガは、圧倒的に何かが好きで、かつ天賦の才を与えられた主人公がいて、まわりを犠牲にしてでもやり遂げるというストーリーになっていました。これをファンタジーに置き換えると、犠牲というのが直接まわりを攻撃したり殺める、ということになってしまうんですよ。それでも、その力を使いまくるのか、という葛藤を抱えるというのはファンタジーとしてかなり異色の展開です。と思っていたら、最近ツナシがその圧倒的な力を使うことに迷い始めましたよね。それで、すごくおもしろくなってきました。
ファンタジーの文法を外れたワクワク感
安藤 そうそう、ツナシの葛藤がどういう着地を見せるのか気になります。RPGは、最後はこのキャラクターと戦って終わり、という構成を必ず明確にします。そうじゃないと、プレイを進める上でストレスになってしまいますからね。でも、マンガはそういう終わり方をしなくてもいい。『テンプリズム』の登場人物たちは、最終的に何に勝ったら終わりなのかまだ見えません。そこがおもしろいと思います。
渡部 最初は骨の国を倒して終わりかと思っていたけれど、話が進むにつれてそうじゃないことがわかってきましたもんね。
安藤 僕、曽田先生のマンガは、終わり方がいつもすばらしいなと思っているんです。『capeta カペタ』(※3)が完結した時も……。
渡部 あれは最高だったね……!
安藤 最後の、「速くてもF1へ行けなかったドライバーは大勢いた。でも、『ズバ抜けて』速くてF1に乗れなかった者は、1人も、ただの1人もいない」というセリフ。これはもう、モータースポーツの真実なんです。モータースポーツファンとして、そこを切り取ってくれたら本当にすっきりするという一文でした。
曽田 ありがとうございます。
安藤 だから、『テンプリズム』もラストには、曽田先生の考えるファンタジーの本質を切り取って見せてくださるんじゃないかと思っていて。それがいったいなんなのか、今から楽しみです。
渡部 でも、いま読者がこの作品のおもしろさを感じ取るっていうのは、意外と難しいかもしれないとも思います。我々は、作品をつくる側の目線で、つくり手としておもしろさを感じてるんですよね。だから、読者は「え、けっきょく何が敵なの?」と、モヤモヤしながら読んでるんじゃないでしょうか。
曽田 そう、そうなんですよ。そのモヤモヤって晴らしたほうがいいんでしょうか。僕はいままさに、ファンタジーRPGのようなわかりやすさを、取り入れたほうがいいんじゃないかとも思ってるんです。でもそれと同時に、それぞれの戦いを多層的に描いて、はっきりとした答えはないという作品をつくってみたい気持ちもあって……揺らいでるんですよね。
渡部 僕がお話ししたのは、ファンタジーのひとつの典型なので、曽田先生はこのまま突っ走っていいのではないかと僕は思います(笑)。最後、ひとつの線につながったら、きっと読者も楽しんでくれると思いますよ。
安藤 ファンタジーの文法に則っていないことは、強みでもあると思います。この先どうなるかわからないワクワク感がありますから。
曽田 そう言っていただけるとうれしいですね。じゃあこのまま、描きたいことを描いていこうかな。
安藤・渡部 楽しみにしています!
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